祖父は国会議員で実業家、2人いる伯父は経産省と国交省の官僚、両親は京大出身。それに対して自分は―――。
「幼少期を振り返り、自分の根っこにあるものは何か?」と聞かれたら、「劣等感」と答えます。勉強も大して出来ず、成功体験もない、、、正直、自分で自分の事があまり好きではありませんでした。

だから就活では、
「20代は修行。バリバリ働いて力を付ける!」
「将来『企業』でなく『自分自身』を誇れる人間になる!」
と決めていて。

大学でのラクロスのコーチング経験からコンサルという仕事に興味があったことも あり、【ベンチャー×コンサル】というキーワードで企業を探していました。

そして入社したのがワイキューブという人材コンサルのベンチャー企業。しかし、入社1年が経過した頃、辞めざるを得なくなってしまいました。リーマンショック、競合の台頭、など様々な理由がありましたが、経営状態が悪化したためです。この時は、自分自身に対して大きな【無力感】を感じていました。

「結局、自分は会社に依存していて、会社が大変な時に自分自身では何もできない…」

ただ、こんな時も同期とはネガティブなことではなく、「俺達ラッキーだ!」って話していたのをよく覚えています。「新卒1年目ではできない経験を出来た!大きな糧になるぞ!」って。「必ずこれには意味がある」って捉えて、前に進んで行くしかないって。そう思っていました。

転職を考えた時、一番重視したのは【どういう『働き方』になるか】ということでした。

[成長企業の中で会社の成長プロセスと共に、自身もそこで重責を担い、変化の当事者として携わっていく――]
こんな理想イメージを自分では持っていました。そういった経験を積めれば自分自身の力にもなると思ったんです。

そんな中、前職のクライアントのライク(現リプライス)の星山社長から声を掛けていただいて。「この会社は自分の働く理想イメージに合致している」そう思って入社を決断しました。

入社した時は社員数20名弱、オフィスは岐阜。「企業」というより「個人商店」といった状態でした。当然、受入・教育体制もあるわけもなく、自分で何とかできるようになるしかない。入社して3カ月後には1つのエリアを責任者として任せてもらえたので、まずは現場で成果を上げることに必死でした。その一方で新卒採用もスタートさせ、採用活動でも成果を求められました。

正直、ずっと自身の「キャパ」「できるレベル」を超えた仕事が続いていたと思います。所詮、社会人2年目でしたからね。

ですが、それを乗り越えて一定の成果を収めたことは自身の成長と自信につながりましたし、より社内で認められることにも繋がったと思います。

入社して6年半が経ち、本当にいろんな変化がありました。

売上は入社時の5倍以上になり、新卒若手社員も増え、組織としても年々勢いを増していることを実感しています。入社時に自分が感じていたリプライスの『可能性』は、間違いなくこの6年でもっともっと大きなものになりました。

今後の自身のビジョンとして「リプライスを業界のリーディングカンパニーにする」というのがあります。

「リーディングカンパニー」という定義を自分なりに考えると、
①お客様から見た価値 ②実績 ③組織
この3点が最もすばらしい会社、だと思っています。

スポーツで例えると、「観客を魅了し、勝負に強く、プレイヤー・チームとしてもすばらしい」、そんなチームです。自分はリプライスをそんな企業にしたいし、そういう企業こそリーディングカンパニーであり「一流企業」っていえるのかなと思っています。
「一流企業に『入った』」って言うのって結局は企業を自慢しているようですが、「一流企業を『創り上げた』」って自分で言えたら――その時自分は、自身の劣等感を克服して、自分のことをより認められるような気がするんです。

正直、今でも入社した時と同じように自身の「キャパ」「出来るレベル」を超えた仕事は続いています。辛い事もあるし、悔しくて泣いたり、嬉しくて泣いたりする事もあります(内緒です(笑))。けど、だからこそ自分の人生としては「絵」になるじゃないですか。「生きてる」って感じがします。

自分の決断の軸として、「1年後に死ぬとしても同じ決断をするのか?」ということを自分に問う、というものがあります。入社した時と同様に、今、1年後に死ぬとしたら・・・と考えたら?やっぱり、このメンバーとこの会社で働く決断をしますね。

この発展途上のリプライスで皆と成長していくのが、今何よりも楽しいですから。